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「雲」あるいは「空」についての覚え書き


時計台記念館正面玄関上部のレリーフ、あれはなんだ?のつづき。
なぜに「なんだ?」と思ったのか。
浮き彫りにされた美しい男女の裸体、その横たわる姿が屍のよう。。。だったから。
希望のようでもあり絶望のようであり、愛であり死であり、夢のような現実のような、そして、横たわる場所は水の流れのような・・・、とても不思議だった。
 
一緒に見たN.Nさんが、件のレリーフの題名と作者を探り当ててくれた。
何事も追求する性格。ありがとう。

作者は 斎藤素巌(さいとう-そがん)
レリーフの題名は「雲」(あるいは『空』。これについては後述)

斎藤素巌→Wiki kotobank
有名な方だった。
昭和16年から晩年を東京の小平市で過ごした縁で、小平市には16の作品が「斎藤素巌・ブロンズの小径」に飾られている。
関西では、あの湊川公園の楠木正成像が斎藤素巌作。

さて、件のレリーフの題名が「雲」とわかったのは、京都大学学術情報リポジトリ「紅」なるサイト。そこから京都大学図書館機構報「静脩」にたどりついた。1964年の創刊時から今もなお、レリーフ「雲」がその機関誌の冒頭を飾っているからだ。

1964年創刊第二号に、レリーフについて当時の教育学部教授・鰺坂二夫先生が書かれている。
1978年には図書館の古原さんという方が『「雲」の作者ー斎藤素巌という人ー』のタイトルで、ロンドン留学を終えてしばらく貧窮した生活を送られた様子や、素巌の名前の由来など書かれていた。
その後、「雲」がホコリだらけなのでちゃんと掃除するように、との学生の意見に答える記事などがあった。そこでまた???が生まれる。その答えには、石膏でできているため壊れやすく、慎重に掃除しないと・・・とある。
玄関上に掲げてあったレリーフはブロンズだったぞ。


最後の極めつけ、1995年に同じく図書館の都築さんという方が『「空」から「雲」へ、「雲」から「空」へ』とい記事を書かれていて、これでこのレリーフの生い立ちは終了する。
このレリーフは大正13年の帝展に出品され、帝展の記録にも『空』とある。
作品を京都帝国大学が譲り受け、当時竣工間近の時計台(当時は本部新館)正面玄関上部にブロンズで鋳上げたものが掲げられた。
もとの石膏製は現在も京都大学附属図書館一階の参考図書閲覧室西壁面に飾られているはずだ。「雲」は二つ存在する。

そもそも作者のつけた名前『空』がいつの間にか勝手に一人歩きして『雲』と呼ばれるようになり、また『空』にもどったのかはわからないけれど、今回このレリーフが『雲』という題名であると知ったとき、なるほどと納得した。
最初は裸像は水の流れに囲まれた中州のようなところに横たわっていると見えたから、周りの水の流れに顔をうずめることは「死」を表す様に感じた。みんな死んでる?だからなんともおかしなレリーフを京大は掲げているものだとひっかかり、ここまで調べたのだ。
だけど、あれが雲なら話が違う。
空高くある雲の上なら、やはり希望であり愛でありあるいは絶望であり死であり、美しい肢体は奔放な若さそのものだ。
『雲』にしろ『空』にしろ、意味は変わらない。


最後に、1964年創刊第二号の鰺坂二夫先生かかれた「雲」を転載します。
(出典:静脩1964-11  Vol.1, No.2「雲」 http://www3.kulib.kyoto-u.ac.jp/bull/jpn/pdf/12.pdf

静脩1964-11  Vol.1, No.2
「雲」
鰺坂二夫

「京都大学に雲がある」ーーーこのことを知る人は少くない。それは、すぐれた美のかたちを秘めながら、静かに、ほんとに静かに流れている。大学の正門をはいって、正面に樟の木。玄関の石段をあがって見あげるがいい。そこに「雲」がかかげられてある。(原型は附属図書館の玄関にあり)中央より右にたくましい肉体を斜めにながした2人の男像。自由と憧憬とをその全身に秘めて、1人はその右腕に美しい女像を抱く。誘うがごとく、また、かばうごとく。左手はつつましく膝に。そうして、それにつれそう美しい肢体の女像が、すべてをささげるほどの情念をこめて、眸は男像の顔に注ぎ、右手をわずか斜めうしろにひろげる。
 左の四つの女像の1人は悲しみに顔を覆い、その爪さきに背面の男像が手をさしのべているのは何の意味であろうか。遠景の三つの女像は、文字通り水平に流れて、遠い日の思い出を追う。
 斎藤素厳のこの「雲」は、夢見るがごとく流れたわむれる男女の群像からなりたっている。私のようなものでも、その下にたたずんで、ブロンズに浮き彫りされた「雲」を見上げると、不思議な感動を覚える。それは昭和のはじめ、この大学に入学した喜びにひたったころでも、現在、そこに職を奉ずることになった日にも、何のかわりもない。
 「雲」が作られたのは、大正13年、軍閥はなやかな時であった。この男女の裸体の浮き彫りが問題になったのは当然である。それのもつ芸術的な価値や、品格のようなものが、それにふさわしく評価されないばかりか、かたくなな旧来のものの考え方、見方は、やがて美の世界への圧力となって、この「雲」の上にも不当な嵐を呼び起こす気配さえもあらわれ、これを芸術品として、その嵐から守ろうという識見の人のないままに「雲」の行方はあやぶまれた。
 その時である。京大総長荒木寅三郎先生は毅然としてその「雲」を京大に引きうけ、それを正面玄関に高くかかげられたのであった。以来「雲」は京都大学のあゆみとともにある。学問の真理と研究の自由を背骨とする大学は、また、美の擁護者でもあったのである。
 それ以来、この学園に起きたさまざまなできごと、そこに伝わる数々の歴史を秘めて「雲」は流れ続けている。いま、この「雲」の下にたって、それを仰ぎ見るひとたちは、この事実をはたして何と感じているであろうか。(教育学部教授)

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この記事に対するコメント

うつ伏せでのたれ死んでいるように見える人は、
実は天上界の雲間から下界を覗いている人???
あのレリーフが石膏でなくてブロンズだったからかもしれないけど、
生気を感じなかったなー。
しかもまず目を凝らさないと群像だということもわからないし。
作品の製作意図を知りたいなー。
戦渦を乗り越え、京大が京大として今あることの象徴としての意味があるのかな?
N.N | 2010/09/03 2:04 PM
うむ、ブロンズだし、やっぱりホコリかぶってるし。

元気そのものの姿じゃないが、遊び過ぎで、あーーーだるーーーい、という感じでもある。身に覚えあるやろ。
ある意味、京大の学風でもあるか・・
benichio | 2010/09/03 2:08 PM
同じ作者のものとは思えない。
http://kodairagreenroad.com/064hbig.jpg
benichio | 2010/09/03 2:13 PM
同じブロンズに感動し
調べていましたらこのページを発見しました
偶然ですが
私の友人が京大図書館でこのブロンズのことを
調べていたことを本日知ることもでき
次回訪ねることにしました。
縁は不思議です。
小山祐司ことkevin cosuina
写真家です

kevin cosuina | 2015/02/18 8:45 AM
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